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エイズ薬は誰のもの?

知的財産権って何?

あらゆる産業は先人の業績を基礎に発展してきました。その発展の恩恵を受け、日々の私たちの生活は成り立っています。それは情報通信技術の発展により携帯電話、パソコン、インターネットの普及、人間の遺伝子解析による新薬の発明、ロボット技術など、多岐にわたり、世の中をますます便利に、快適にしていきます。一般的に、さらなる産業の発展の為、このような情報は、誰でもアクセスすることが許されます。しかし、例えば、他人が多大なお金と労力をかけて開発した発明を、誰でも自由に利用することができれば、新しい発明をしようという意欲がなくなったり、他人に知られないように新しい技術が隠されたりしてしまい、産業の発展が阻害される可能性があります。そこで、人間による「知的創造物(発明等)」について、一定期間、発明者等がそれを独占できる権利を認めました。それが知的財産権保護の趣旨です。

WTOと知的財産権

WTO(世界貿易機関)は国際的な貿易のルールを作り、施行している国際機関ですが、知的財産権とどのような関係があるのか考えていきましょう。

知的所有権の考えとして、権利を取得した国においてのみ、その効力を適用できるものという「属地主義」という考えがありました。また、国により知的財産権の法律も違います。しかし、現在はインターネットの普及により一瞬で世界中に情報が行き交ったり、今まで国内においてのみ活動していた企業が国境を越えて活動したりするようになりました。国際的な貿易をする際に、このような現行の考えでは裁ききれない問題が出てきました。具体的にはA国の企業が開発、生産、販売していたパソコンをB国に輸出する際に、B国のある企業がそのパソコンの情報を知り既に安価で販売していたとします。そうなると、せっかく開発したパソコンを他の企業に奪われたりすると、市場での公正な競争、産業の発展を阻害します。B国の企業を訴えようにも、A国、B国どちらのどの裁判所、法律を適応するのか様々な問題が発生します。
そこで、このような知的財産権に関する国家間の紛争を解決する為に、WTOのTRIPS協定(知的財産権の貿易関連の側面に関する協定)があります。

ジェネリック薬

皆さんは“ジェネリック薬”というものをご存知でしょうか? 分かりやすく言えば、特許によって保護される期間が終了した薬と“同じ成分や効果を持つ薬”のことです。ただし、あくまで対象となる薬の “特許が切れた後”に認められるわけであって、特許が切れる前に同じものを製造することは禁止されています。しかし現実には、“特許が切れる前”に同じ薬を製造・輸出してしまっている国が存在するのです。

発展途上国では昔からエイズの蔓延が問題となっていますが、これらの多くの途上国では“特許が切れる前”のエイズ治療のジェネリック薬、いわゆるコピー薬が製造されています。というのも、途上国の人々は最新のエイズ治療薬が買えないという状態にあるからです。具体的には、タイ、インド、南アフリカ、ブラジル等は自国で特許を無視した薬を生産して、自国の患者等に使用し、一部を途上国に輸入しています。
しかし、“特許が切れた後”に限ってのみその薬の製造が認められると決められているわけですから、途上国で行われていることは正しいジェネリック薬としてのあり方を歪めてしまう行為と見えるでしょう。

ジェネリック薬と貿易ルール

ただし、途上国の衛生状況は深刻です。世界保健機関によれば、毎年感染症(エイズ、マラリアなど)により推定1400万人が死亡しています。さらに問題なのは、そのうち数百万人は適切な治療、つまり医薬品を入手できれば助かるというデータがあるのです。途上国がコピー薬を必要とするのも無理はないかもしれません。

一方で、TRIPS協定にはこのような知的財産権保護の例外事項として“強制実施権”というものがあります。これは、「せっかくエイズを治療する最新の薬が開発されたのに、エイズで苦しむ当事者の自分たちがその薬を使うことができないのはおかしい。それなら勝手にその薬を作って使用してやる」ということを認めるものです。というのも、「人々の生活を豊かにする発明がされたのに、それを手にすることができないせいで豊かになることができない国が出ることはなるべく避けるべきだ」という考えがあるからです。ましてや人間の命に関する薬という発明ならなおさらのことです。ちなみに、薬を作るために一番お金がかかるのは“研究”や“開発”であって、“製造”自体にはほとんどお金がかかりません。実は医薬品の原価はそれほど高くはないのです。特許料を課している医薬品とそうではないモノと比べると25分の1という価格の差があるものもあります。だから、途上国であっても最新の薬を製造することに関しては、物理的には何ら問題が無いのです。

となると、莫大な資金を投入して最新のエイズ薬を発明した先進国の製薬会社はどうなるのでしょうか。彼らからすれば、「強制実施権によって途上国の人々が低コストで最新の薬を製造できるようなことになれば、今度は我々先進国の製薬会社が損をするではないか」となります。いくら途上国の人命に関わるとはいえ、製薬会社側にとっても死活問題となります。多くの製薬会社を率いる先進国、特にアメリカにとって面白くない事態で、何らかの形で規制をかけようとしました。そしてこの問題はWTOの場で交渉がおこなわれることになったのです。

もともと強制実施権の発動には、途上国といえども“ある程度の期間は先進国の製薬会社に対して製造許可を得る努力をしなければならないこと”や“権利者に対しては適当な報酬を支払わなければならないこと”、“作った薬は他の国に販売しないこと”を約束する必要がありました。しかし強制実施権の発動に関しては、2001年のドーハ閣僚会議において採択された“TRIPS協定と公衆衛生に関する閣僚宣言”というものが決定打となり、結果的に途上国の立場が考慮されることになりました。元々TRIPS協定には、国家が“緊急事態”にある場合には強制実施権を発動してもよいとありました。ですが、この宣言によって、途上国は“緊急事態”というものを自分たちで判断・決定できるようになるとともに、“エイズ”や“マラリア”など疫病の蔓延は“国家緊急事態”に当てはまり、その時点で強制実施権の発動はやむをえないということが確認されたのです。

最後に

このように、知的財産権の問題は我々の娯楽であるCDやDVDの海賊版だけでなく、薬品の海賊版という直接人の命に関わる問題の議論も行なわれています。WTOでは数多くのテーマが議論されていますが、知的財産権というテーマ一つを取ってみても、先進国と途上国の経済・技術格差の現状が浮き彫りになり、いかに利害関係が複雑であるのかが分かります。しかし、WTOではまだ話し合わなければいけない知的財産権の問題が山積みにされています。例えば、現在危険視されている鳥インフルエンザの治療薬に関しては、強制実施権を利用した製造許可がおりていないということです。もし世界中で鳥インフルエンザが猛威を振るうような事態になったら、途上国の人々はどうなるのでしょうか…。

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