日本の熱帯木材貿易
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日本の国土は約2/3が森林で覆われており、世界でも有数の森林保有国です。
また、日本人は昔から木の温もりを大切に感じており、木目がある家具や木材家屋に住み、木材チップを原料にした紙パルプやその紙パルプで紙を作る製紙産業では生産・消費とも世界で第3位(2003年)です。日本人はほんの60年前までは国内に植わっている木材を使い生活をしており、日本人の生活には木が欠かせないものでした。
では、現在、生活の周りにある木材製品はどこから来ているのでしょうか?
1955年には約95%であった日本の木材自給率は現在(2001年)では18%しかありません。その大きな理由として外国から安い木材を輸入していることが挙げられます。日本は高度経済成長の60年代に供給不足を懸念した政府が林産物の自由化を進め、今ではどの林産物も0か0に近いほどの関税になっています。世界の木材貿易量の30%ほどを日本は輸入しているのです。
国産価格に比べて木材の国際価格はなぜ安いのでしょうか?
国産材はその生産における人件費が高く、森林も急な斜面を中心として植わっているので機械化が難しく、どうしても木を伐り出すコストがかかってしまうのです。それに比べ国際価格は平坦な大土地で機械を使用するためということもありますが、これまでは世界では人工林よりも天然林を伐採するのが林業の主流だったのであり、その背景としては人工林を伐採するコストより、天然林を伐採するコストが低かったのです。
現在では、森林の持続可能性を考えるならば、木を植えてその木を伐るというサイクルができているかが重要です。このサイクルを実現するためには、木を植え育てる分のコストを価格に反映しなければいけません。しかし、いまだに国際材の価格はこのサイクルを無視した価格に設定されているため、この価格が木材の輸入価格を押し下げているといえます。
また、日本はインドネシアやマレーシアなどの熱帯林や、ロシアのシベリア地域にあるタイガと呼ばれる世界最大の針葉樹林帯から天然林を違法に伐採した木材を輸入していることも価格低下の一つの要因といえます。
木材貿易の歴史
日本は熱帯木材貿易に古くから関わってきました。日本が最初に熱帯木材を輸入したのはフィリピンで、1950年代に始まり、1960年後半にピークに達しました。その後、森林資源の枯渇から輸出量は減少し、1986年には丸太輸出は完全に禁止されました。過剰な伐採の結果、今やフィリピンははげ山ばかりとなり、木材輸入国に転じてしまいました。
その後の日本の木材輸入先は、インドネシアとマレーシア・サバ州に移りました。インドネシアは1970年代に日本の最大の熱帯木材輸入先となりましたが、インドネシア政府は国内の合板産業を育成するために1980年前後から丸太の輸出規制を始め、1985年には完全に輸出を廃止しました。その後、インドネシアから合板が輸入されるようになり、日本国内の合板産業を圧迫するまでになったのです。
移っていく輸入先
インドネシア政府が丸太の輸出規制を始めた頃、その前後に増加したのが、マレーシア・サラワク州です。1980年代後半には、日本に輸入される熱帯木材貿易の90%前後が、サバ、サラワクの二つの地域からのものとなりました。熱帯林問題に対する世界的な関心が高まり始めたこの頃には、世界の熱帯木材貿易の約半分を日本が輸入していることが注目され、熱帯林の破壊国として世界中から非難を浴びることになりました。サバ州は、森林資源の枯渇から1993年には丸太の輸出を禁止し、サラワク州からの丸太も1990年代を通して減少し続けましたが、現在でも最大の丸太輸入先となっています。
1990年代に増加したのは、パプア・ニューギニアからの丸太と、マレーシアからの合板でした。こうして、日本は輸入先の木材資源が枯渇するたびに輸入先を移してきました。また、1990年代は、丸太の輸入量は減少する一方で、インドネシアとマレーシアからの合板の輸入量は着実に増加し、1996年以降は、輸入合板の量が日本国内の合板生産量を上回るようになっています。
熱帯木材貿易の現在とこれから
1990年代に日本の熱帯木材輸入量が減少し続けたため、現在の世界最大の熱帯木材輸入国は中国となりました。一方で、1990年代に増加した熱帯木材合板については、日本は世界貿易の約40%を占めています。すべての熱帯木材を丸太換算して合計すると、日本が世界貿易に占めている割合は25%(1999年)となり、現在も世界第一位の熱帯木材輸入国であることがわかります。
1999年の日本の熱帯木材の輸入先は多いものから、マレーシア(丸太・合板・製材)、インドネシア(合板・製材)、パプア・ニューギニア(丸太)の順になっています。逆に見ても、マレーシア、インドネシアの最大の輸出先は日本です。マレーシアやインドネシアにおける伐採の状況については、これまでに紹介したとおりで、環境や社会へ依然として大きく影響しています。
1980年代後半から、日本国内でも熱帯林の破壊とその日本のかかわりに対する関心が高まり、1992年に、ブラジル・リオで開催された地球サミットを機に、マスコミもこぞって地球環境問題の一つとして熱帯林問題を取り上げました。1990年以降、国内各地に熱帯林保護団体が設立され、各地域の自治体に対して公共事業における熱帯木材型枠の仕様削減の取り組みを働きかけるようになりました。型枠の使い捨てを非難されていた建築業界も、1992年に大手16社が「5年間で消費量を35%以上削減する」という自主計画を立てました(結果は24.3%の結果に留まりました)。
しかし、各方面の努力にもかかわらず、1990年代から1997年までの熱帯木材消費量は、ほとんど変わりませんでした。熱帯木材の消費量が大きく減少したのは1998年です。この年は、大手銀行や証券会社の倒産が相次ぐなど経済が落ち込み、住宅の着工件数が大きく減少したために、木材の需要全体が減少した年です。日本経済全体の影響によって消費量が減少したものの、生産国における環境や社会を配慮した木材の消費削減努力の結果がほとんど見られていないのは、大変残念のことですし、最大の木材輸入国としての責任は重いものがあります。あらゆる方面で、熱帯木材の消費削減に向けた努力をこれまで以上に進めていくことが求められるでしょう。
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